ウクライナ戦争の行方

 ウクライナ戦争の開始からしばらくの間、西側メディアでは、ロシアの苦境が盛んに報じられた。欧米、とりわけアメリカからの最新の軍事援助が功を奏して、ロシア軍は思わぬ苦戦に直面し、キエフ攻略を始めとした短期決戦の思惑は破綻し、強力な経済制裁を受けて経済は崩壊、国際世論からの総批判を受けてロシアは孤立していると言われた。

 こうした初期の情勢は、西側諸国が直接に兵力は派遣しないものの、ウクライナを代理戦場として、軍事援助・経済制裁・情報操作等を合わせた「ハイブリッド戦争」を仕掛けたことの結果であり、いわゆる西側の底力を改めて見せつけたように思われた。

 このような西側優勢の観測の中、欧米とりわけアメリカでは、プーチン戦争犯罪人として裁判にかけるとか、政権の座にいさせないとか、ロシアを弱体化するとか、果てはロシアを幾つかに分割するとか、勇ましい声も上がっていた。

 戦争開始後3か月を経過し、西側マス・メディアを通じて報道される情勢は、次第に混沌とし始めているように思える。

 ウクライナが頑強に抵抗を続けていた東部の要衝マウリポリが陥落し、東部戦線ではロシア軍攻勢のニュースが届いている。黒海封鎖によりオデッサからの小麦輸出が滞納し、世界的な食糧危機の危険が危惧されている。経済制裁の効果にも疑問が投ぜられ、かえって、ロシア産原油天然ガスが入らなくなったことによるヨーロッパ経済への影響が心配されだしている。国連決議では圧倒的多数でロシア非難が可決されたが、ロシアに対する経済制裁は、アメリカや同盟国の説得行脚にもかかわらず、アジア・アフリカ・ラテンアメリカ諸国で制裁に参加する国はわずかで、結局、この戦争はロシアとアメリカをはじめとする欧米諸国との間の戦争であるこが明らかになりつつある。

 その挙句、この戦争はどこへ行き着くのだろうか。

 ウクライナ国民の英雄的抵抗の結果、ロシア軍は敗北して撤退し、戦争はウクライナと欧米の勝利に終わる(勝利に終わってほしい)という展望を抱いている人たちも結構いるようである。戦争の勝敗の帰趨を占うことは困難であるが、ロシア軍が所期の成果を得られずに終わるというところまでは考えられても、ロシア完敗という結末はあり得るだろうか。この展望に一番近いのはソ連アフガニスタン戦争で、当時のアフガニスタン共産党政権肩入れのために軍事介入したソ連軍が、アメリカの軍事援助を受けた地方のムジャヒディンに苦戦し、結局、撤退を余儀なくされ、この敗戦がソ連崩壊の序曲になった。今回の戦争で、アメリカは、かつてのこのアフガニスタン戦争を念頭に置いているのかもしれない。しかし、そううまくゆくか。

 かつてのナポレオン戦争ナチスとの独ソ戦では、ロシア・ソ連は、膨大な犠牲者を出しながら決して屈服せず、最終的にはナポレオンとヒトラーを破滅させた。こうしたロシアの底力を、今回は見せることなく、あえなく敗北するだろうか。ロシアが白旗を掲げるとすれば、それは、ロシアの存続が保障され、面子が立つ限りにおいてではなかろうか。やれ、プーチンを裁判にかけるとか、政権から追い出すとか、ロシアを幾つかに分割するとかいうアメリカの言動には、ロシアを冷戦に負けた衰退国だとみなす驕りが感じられる。

 焦土と化しつつあるウクライナのことを考えると、最も望ましいのは早期の停戦である。その場合、戦況の状態と停戦条件の確定が問題になるが、ロシア・ウクライナの双方が完勝・完敗でない状態ならば、妥協の余地はあるはずだし、双方とも折に触れて停戦の希望を漏らしている。それが実現しないとすれば、調停役に入ったトルコ関係者が漏らしていた「NATO関係者の中に停戦を望んでいない者がいるようだ」というのが真実なのかもしれない。

 

 

バイデンの"失言”

 バイデンの"失言”なるものが、しばしばジャーナリズムをにぎわせている。

 ロシアのウクライナ侵攻直前に、バイデンは、仮に武力行使があっても、アメリカは武力介入しないと発言した。この発言は、アメリカが武力介入すればアメリカとロシアという核大国同士の戦争となり、最後は核戦争になりかねないので、それを防ぐ趣旨だったと説明された。しかし、プーチンウクライナに実際に侵攻するまえにこの発言がなされたことは、プーチンに対して侵攻してもアメリカは介入しないという言質を与え、プーチンウクライナに侵攻しても大丈夫だと背中を押すような言動とも言えた。

 また、侵攻後、バイデンはプーチンを激しく非難し、戦争犯罪人として処罰されるべきだとか、政権の座にとどまってはいけないとか発言した。このような発言を聞けば、プーチンは容易に和解の席につくことができず、いわば、逃げ場を失うことになり、戦争はおのずと長期化してしまう。

 これらの言動に加えて、アメリカ高官から「ロシアの弱体化」を戦争目的に掲げる発言が出たりして、仲介に乗り出していたトルコからは、「NATO加盟国のうちには、早期の停戦を望んでいない国があるようだ」という発言まで飛び出した。これを裏付けるかのように、今度はイギリスの高官から、「戦争は数年続く」という発言まで出ている。

 そして、ウクライナ情勢の台湾問題への波及が一部で取り沙汰される中、韓国・日本を訪問したバイデンは、記者から、中国が台湾に武力侵攻した場合、アメリカは介入するかと問いかけられて、再三にわたり、これを肯定した。これは、介入するかしないかを意図的にあいまいにし、台湾に対しては独立宣言を抑止し、中国に対しては武力介入を抑止するという従来のアメリカの戦略からの逸脱である。

 このように、バイデンの“失言”なるものがしばしばジャーナリズムをにぎわすのであるが、これは、本当にバイデンが「ボケて」いるための失言なのだろうか。それとも、意図的な発言なのだろうか。

 

ウクライナ戦争の原因

 2月下旬のウクライナ戦争開始から3か月近くが経つ。

 ウクライナ国境周辺にロシア軍が集結しているという報道に接するようになってからも、専門家の間でも戦争が始まることには懐疑的な見方が少なからずあった。ウクライナNATOに加盟するとしても今すぐというわけではないし、東部2州をロシアに併合しても、そのことによりウクライナが紛争地帯を抱えている状態が解消されれば、却ってウクライナNATO加入要件を満たしてしまうことになるので,逆効果だとも言われた。

 実際にはロシア軍が侵攻して戦争が始まったわけだが、では、プーチンは、どうして侵攻に踏み切ったのか。

 侵攻にあたっての演説で、プーチンは、スターリンナチス・ドイツに融和的な態度を取ったために却って損害を拡大させたことを示唆して、早期の侵攻を正当化した。

 また、対ナチス戦勝集会の演説で、プーチンは、今回の戦争を、NATO東方拡大に対する先制的自衛と位置付けた。

 これらの演説では、それ以上の具体的事情が明らかにされているわけではないが、アメリカのミアシャイマーは、改選前の時期に欧米なりウクライナなりにロシアを刺激する実質NATO化の動きがあったとして、戦争を招いた実質的責任はアメリカにあるとしている。

 戦争が始まってから、メディア報道はロシア批判一色に塗りつぶされ、プーチンが戦争に踏み切った理由は、十分に究明されていない。プーチンの演説での説明も、国際法では先制的自衛は認められていないといった規範論的説明が目立つだけで、プーチンが戦争決断に至った実相については、依然として明らかにされていない。欧米のメディアはNATOの東方拡大という問題に、余り触れてほしくないのだろうと思ってしまう。

 こうした中で、NATO東方拡大を推進したビル・クリントンが、NATO東方拡大が今回の戦争の原因になったと批判されているが、ロシアが自由民主主義の国家に生まれ変わるならよし、そうでなく、ナショナリズムに傾斜し、かつてのロシア帝国のような帝国主義に回帰する可能性も考えられたので、自分は今でもNATOの東方拡大は正しかったと発言し、話題を呼んでいる。この発言は、今回の戦争が、アメリカを中心とする「リベラルな覇権」戦略とこれに対抗するロシアのナショナリズムとの衝突が原因で発生したことを明らかにしているように思われる。

 

ウクライナーロシア戦争からアメリカ(米欧)ーロシア戦争へ

 ウクライナーロシア戦争として始まったかにみえたウクライナでの戦乱は、急速にアメリカ(米欧)ーロシア戦争に転化しつつある。

 確かに、NATOウクライナに、軍を派遣して直接、ロシア軍と戦火を交えてはいない。

 しかし、アメリカ、ヨーロッパは、ウクライナに武器を供給し、様々な援助を行っている。

 「国際世論」を喚起し、ロシアの孤立化を図っている。

 掲載制裁を行い、経済面からロシアを締め付けている。

 バイデン政権はプーチン戦争犯罪者と呼び、ロシアのレジーム・チェンジ、弱体化を示唆している。

 ウクライナ侵攻に際してのプーチンの演説では、ウクライナに対してよりも、米欧とりわけアメリカに対する非難が大きな比重を占めている。

 ラブロフ外相の声明などでは、ウクライナに援助を続ける米欧に対して報復を示唆し、核兵器の使用すら示唆している。

 今や、ウクライナ戦争は、米欧の代わりにウクライナ軍がロシア軍と戦う代理戦争と化している。

 元々、ロシアによるウクライナ侵攻は、NATOの東方拡大がウクライナにまで及びつつあったことに対する巻き返しを試みることにあったから、アメリカーロシア戦争への転化は、当然の成り行きだったと言える。

 

ロシアはファシズムに向かいつつあるか

 プーチンソ連邦崩壊を20世紀最大の地政学的悲劇と呼んでいる。

 ゴルバチョフが始めたペレストロイカグラスノスチは、これまで抑え込まれていた異論派と民族主義を解き放ち、社会の流動化とソ連邦構成共和国の独立への動きを促進した。これを受けたエリツィンの急進改革は、ソ連邦解体とショック療法的民営化に突き進み、民営化の過程では、国有財産を管理する立場にあった者達が二束三文で国有財産の払い渡しを受けて財をなし、こうした者達は「オリガルヒ」と呼ばれて民営化されたロシア経済を牛耳った(岩上安身「あらかじめ裏切られた革命」)。ナオミ・クラインショック・ドクトリン」は、こうしたソ連ーロシアの民営化を、「新自由主義によるショック・ドクトリン」の典型として紹介している。

 こうしたゴルバチョフエリツィンによる改革の結果、ソ連邦社会主義経済体制はトランプの城の如く崩壊し、GDPは半減してブラジルなみにまで落ち込み、社会主義下で安定した年金生活を送っていた者たちは、社会保障の支えを失い、塗炭の苦しみを舐めることになった。

 西側諸国では、全体主義体制の桎梏からの解放として賞賛されたゴルバチョフエリツィンの改革は、ソ連―ロシア国民にとっては、国家と生活の全崩壊を招いた惨事として経験された。

 このため、ゴルバチョフエリツィンソ連邦を崩壊させた国賊と罵られ、ソ連邦と今のロシアとどちらが好ましいかという世論調査では、50%以上がソ連の方が良かったかと答え、ソ連時代の経験を記憶している高齢者層では、実に80%以上がソ連の方が良かったと答えている。

 こうして、アメリカを中心として「人類普遍の価値観」とまで持ち上げられている自由民主主義―資本主義体制は、ロシアにおいては、プーチンの述べるところの、20世紀最大の地政学的悲劇をもたらし、国民に塗炭の苦しみを与えたイデオロギーとして、忌避する者が少なからず存在するのである。

 尤も、この改革はソ連共産党ゴルバチョフが自発的に開始したもので、敗戦によって押し付けられたものではない。だから、ロシア国民の気持ちとしては、改革の結果としての現状から出発し、十分とは言えないまでも瓦礫と化した旧ソ連邦の中から一歩一歩国家と生活を立て直してゆく過程として受け止められた。この過程を代表するのがプーチンであって、権威主義的統治手法によって国の治安と安定を取り戻し、経済分野ではオリガルヒを整理し、石油・天然ガスをはじめとした資源産業を育成し、曲がりなりにも高度成長を成し遂げ、BRICSの一翼を担うまで回復させてきた。プーチンが国民の多くの支持を集めたのは、ロシア国民の舐めた経験に照らせば、むしろ、当然だったと言わなければならない。

 しかし、ヘルシンキ合意など自分達の働きかけによってソ連の「民主化」「自由化」を促し、その結果としてソ連を解体させて、冷戦に「勝利」したと受け止めた「西側諸国」は、ゴルバチョフエリツィンの後を継いだプーチン権威主義的統治手法に不満を抱き、ソ連時代への後退とみなして、その「人権侵害」や「非民主的」統治手法を批判するようになった。「西側諸国」は反体制派によるプーチン政治批判のデモを称賛し、選挙の公正さに疑問を投げかけ、KGB的政治手法を指摘するなど、外部からの批判を繰り返したが、国家秩序が再建されたかとか、ロシア人の生活が改善されたかどうかについては二次的三次的な関心しか示さなかった。こうした「西側諸国」による批判は、ロシアとロシア国民の多数派にとっては、政治的「民主化」と「自由化」だけを問題として、事あるごとに口を差し挟み、徒にロシアの内政に混乱を招く、敵対的行為とみなされるようになった。

 ここには、双方の問題関心の決定的なずれ、すれ違いが生じていた。

 かくして、ロシアとロシア国民多数派の間には、「西側世論」の真意を疑い、「西側諸国」はロシアの改革を望むというよりは、むしろ、ロシアの弱体化・解体を望んでいるのではないかという疑念が膨らんでゆくことになった。

 こうして、ロシアでは、「ロシアは欧米に騙され、押しやられ、虐げられている」という被害感情に根差したナショナリズムが台頭し、欧米と対峙する排外的感情が育ち、「民主化」「自由化」に対してはますます敵対的になっていった。

 それは、どこかファシズムに似ている。

 

 

プーチンの表情

 プーチンのみせる表情を観察していると、時に不安げで神経質そうな表情を見せることがある。

 これは彼の人格の複雑さを示しているようにも思われるが、スターリン毛沢東に見られるような、力の意思を体現し、時に途方もない暴力を容赦なく振るうといった、独裁者の典型とは距離のある、むしろ、インテリ的な、あるいは、側近に侍って権謀術策を振るうようなタイプに見える。

 彼は、やはり、KGB出身者にふさわしい体質を常に引きずっている。だから、大虐殺を平然と行うようなことではなくて、政敵を密かに暗殺するような、秘密警察的な行いにとどまるのである。

プーチン・ロシアと「西側」極右との内通

 プーチン・ロシアの「西側」に対する「ハイブリッド」戦争の一環として、「西側」極右に働きかけ、「西側」の「自由民主義体制」を内側から腐蝕させようとしているといった話が聞かれることがある。

 実際にもアメリカのトランプに対する働きかけとか、大統領選挙におけるトランプへの働きかけとかが語られ、また、ヨーロッパの極右勢力に対する働きかけとかも聞かれることがある。

 こうした話は、多くはロシアによるインテリジェンス活動として語られ、そうであるがゆえに、働きかけの中身は曖昧なほのめかしでしか言及されないので、具体的な活動の中身は明らかにされないし、そのためその真偽も定かでない。

 また、プーチン・ロシアはしばしば共産主義ソ連の承継国家とみなされるので、「極右」との連携というのは、違和感を」覚えなくもない。

 しかし、右派的政治勢力との繋がりというのは、ソ連時代にも囁かれることがあったし、プーチンの政治的本質はナショナリスト・権力政治家なので、「極右」との親近性は、いわば、似た者同士の親近感とも言える。トランプがプーチンに親近感を隠さないのも、日本の安倍晋三プーチンと27回も会談を重ねたのも、その意味では不思議ではない。