北朝鮮問題を考える(1)


 6か国協議が暫定合意に達し,北朝鮮問題は一つの節目を越えたように見える。これを機会に,北朝鮮問題についての考えを書き記しておきたい。


 北朝鮮問題とは,北朝鮮の現在の状態をどう評価するか,近隣諸国と国際社会は北朝鮮とどう付き合えばよいのかという問題である。


 北朝鮮という国が,極度に抑圧的・統制的であり,社会主義でありながら指導者が世襲され,「先軍政治」の名の下に軍部が圧倒的な力を持ち,経済は破綻状態で,国民は飢餓状態に置かれており,対外的にも孤立し,ミサイル発射や核実験等の威嚇的な行動を繰り返し,麻薬・偽札製造などの犯罪行為の疑惑が指摘されていること等々の様々な問題を抱えていること,こうした現状は何らかの形で改革されるべきことについては,大方に異論がないところであろう。そして,北朝鮮の現指導層自身もまた,自国が現状のままでよいとは考えていないであろう。


 問題は,誰が,どういう形で,現状を改革してゆくかということである。この点については,周知のように,ハード・ランディングを主張する意見と,ソフト・ランディングを主張する意見とが対立している。


 ハード・ランディングを主張する意見は,北朝鮮の現状を招いた最大の要因は,ほかならぬ北朝鮮の現指導層にあると考える。そして,現指導層は自らの破滅を意味する改革に踏み出すはずがないから,国内反対派を含む外からの力によって現指導層を除去するしかないとする。そして,国際世論の喚起や関係国の強調によって北朝鮮包囲網を形成し,経済制裁や軍事圧力を加えて北朝鮮の国内緊張を激化させ,北朝鮮国民を困窮に追い込んで現体制からの離反を誘い,国民蜂起やクーデターを引き起こして現体制瓦解に導き,それが功を奏しない場合には,最終手段として軍事攻撃により金正日体制を打倒することも辞さないとする。


 ハード・ランディングを主張する意見は,ソ連崩壊直後には,北朝鮮も早晩ソ連・東欧の道を辿らざるを得ないという予測を背景に,広い支持を集めていた。ソ連という後ろ盾を失った北朝鮮は,放っておいても早晩崩壊するであろうと予測され,事実,ソ連からの援助を失った北朝鮮経済は急速に悪化の道を辿った。
 しかし,危機感を深めた北朝鮮は,国内引き締めを強める一方,核開発の意図を見せて,一気に国際緊張を高めた(いわゆる瀬戸際外交)。これに対して当時のクリントン政権は軍事作戦の発動を検討し,北朝鮮情勢は戦争一歩手前まで導かれた(第一次核危機)。この危機は,カーター元大統領が訪朝して当時の金日成主席と会談し,その後,米朝間でいわゆる「枠組み合意」が成立したことで回避された。
 金日成死後,息子の金正日が跡を継いだが,凶作による未曾有の国民飢餓状況を経たにもかかわらず,金正日体制が崩壊することはなく,その後も脱北者の増加をはじめとする様々な国内的困難を示す情報が繰り返し報道されるにもかかわらず,金正日体制は今日まで存続し続けている。


 こうした現状に,ハード・ランディング論者は苛立ちを深め,更なる圧力や最後のオプションとしての軍事行動への誘惑に駆られているように見える。
 当初のブッシュ政権には,こうした傾向が鮮明に現れており,このようなブッシュ政権の姿勢が北朝鮮をめぐる第二次核危機勃発の主要な背景となった。
 現在の安部政権下の日本も,拉致問題発覚を契機とした反北朝鮮国民感情に促される形で,ハード・ランディング路線へと傾斜している。


 問題は,こうしたハード・ランディング路線を採択した場合のリスクにある。クリントン政権北朝鮮に対する軍事作戦を最終的に断念したのは,作戦遂行が北朝鮮との全面戦争に発展した場合,膨大な死傷者が出るというシミュレーション結果が出たからであった。軍事力によるハード・ランディング路線を現実に採用したイラクの現在の惨状を見れば,如何に北朝鮮の現状がひどくても,軍事力によるハード・ランディング路線を採用する選択肢は合理的とは言えない。北朝鮮による核実験実施後の今日では,軍事力オプションはさらに考えにくくなった。核兵器による報復を受ける覚悟なしに,軍事力行使に踏み切ることはできないからである。


 軍事力によるハード・ランディング路線は,北朝鮮をめぐる近隣諸国の同意も得られる見通しが立たない。第二次朝鮮戦争が起こった場合に自国が戦場となる韓国は,一貫して北朝鮮に対する軍事力行使オプションに反対している。この韓国の姿勢は,現在の盧武鉉政権が保守のハンナラ党政権に取って代わられても,基本的に変わるとは思われない。中国・ロシアが北朝鮮に対する軍事行動に賛成しないことも自明である。とりわけ中国は,緩衝国家としての北朝鮮が崩壊することを望んでいない。


 軍事力によるハード・ランディング路線が採れないとなると,経済制裁等による締め付けしか手段がないことになるが,この路線も韓国や中国による北朝鮮支援が存続している間は,実効性を挙げにくい。それゆえに,とりわけ日本のハード・ランディング論者の一部では,坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとばかりに,北朝鮮の存続に手を貸している韓国・中国に対する嫌悪感まで掻きたてられているやに見える。しかし,上述のような国益への配慮を元に行動している両国に対して北朝鮮制裁への実効的参加を求めても,それは無いものねだりであろう。特に韓国にとっては,仮に非軍事的方法によって北朝鮮の体制変換が促されても,その北朝鮮を自国だけで支えるだけの用意がない。ドイツでさえ東ドイツ吸収合併の後遺症に悩まされているのに,ましてや,韓国が,東ドイツとは比較にならないほど困窮した北朝鮮の面倒を見切ることは到底できないであろう。


 こうした諸事情が,北朝鮮に対するハード・ランディング路線の遂行を妨げ,今回の6か国協議におけるソフト・ランディング的方向への方針転換を促した政治力学である。そして,上に述べたようなことは,以前からソフト・ランディング論者によって言い尽くされてきたことであって,ブッシュ政権北朝鮮の核実験強行を見せ付けられるという代価を支払うことによって,しぶしぶ,ようやく,ソフト・ランディング的方向への転換を図りつつあるように見える。それは,サダム・フセインイラクが要求されるままに大量破壊兵器査察に応じたにもかかわらず一方的な軍事行動の標的となり,核兵器開発によって対抗した北朝鮮がそれに見合う見返りを得そうになっているという,道義的見地から見てはなはだ悪い先例を残したものの,「力こそ正義」(=弱いと見れば徹底的に叩きのめし,手ごわいと見れば懐柔を図る)というブッシュ政権の思想からすれば,当然の論理的帰結だということになるのであろう。そして,北朝鮮ブッシュ政権のこうした性格を,よく承知していたということになろう。


 こうした現状は,北朝鮮金正日体制のある種の強靭がもたらしたものである。ハード・ランディング論の現在における行き詰まりをもたらした原因は,この金正日体制のある種の強靭さを過小評価したことにある。この金正日体制のある種の強靭さは,何によって支えられているのか,それは今後も存続するのか。ソ連邦・東欧はなぜああも急速に崩壊し,北朝鮮はそうならなかったのか。
 ハード・ランディング論者達が,今,自問すべきは,こうした問ではなかろうか。