米大統領選オバマ勝利に寄せて


 1970年代末頃から約30年間にわたる世界の潮流は,経済における新自由主義,政治における保守主義・伝統主義・民族主義国家主義等々の右翼的潮流,思想におけるポストモダニズム等々であった。
 こうした潮流は,冷戦終結以降は一層鮮明となり,世界の支配的潮流となるに至った。

 これらの諸傾向は,相互に矛盾する側面を持っているが,それにもかかわらず,一つの共通項を持っている。即ち,「反ー左翼(または「リベラル」)」(○○は「社会主義」だから良くないという言説に代表される)ないし「脱ー左翼(またはリベラル)」(今や,右とか左とか言う時代ではないという言説に代表される)という共通項である。
 そして,これらの傾向が支配的な潮流となった理由は,端的に,冷戦が終結したから,即ち,左翼陣営が敗北したからである。
 それは,第二次大戦後の数十年の間,「反ファシズム」が世界の共通項であったのと全く同様の事態である。

 こうした1970年代末頃から始まる「反左翼」潮流の行きつく果てがアメリカのブッシュ政権であり,このブッシュ政権下で,「反左翼」潮流は,世界全体をその覇権の下に置こうとする単独主義的「帝国」にまで行き着いた。

 リーマンブラザーズ破綻に始まる世界的な金融・株式の動揺の中で行なわれた今回の米大統領選挙におけるオバマの勝利は,「ブッシュの時代」がその惨憺たる帰結とともに遂に終わりを告げ,世界が「反ブッシュ」の潮流へと転換し始めたことの明確な兆しである。
 ここで「ブッシュ」とは,単に一人の大統領の人格を指すだけのものではなく,レーガンサッチャー以来の30年にわたる「反左翼」潮流の世界的傾向の到達点を示すものであるから,それに対するアンチの勝利は,一国の政権交代にとどまるものではない,世界の時代潮流の変化を示すものである。

 かくして,今後,世界は「反左翼(またはリベラル)」の時代から,「反ブッシュ」を共通項とする時代へと流れを変えてゆくことになるだろう。

 さしあたり,「反ブッシュ」の流れは,以下の3つの方向から推進されるだろう。

 第一は,欧米的な自由民主主義の再構築(ブッシュによる悪乗りからの脱却)という方向であって,オバマはこの潮流を代表することを目指すだろう。
 第二は,再構築された左翼勢力の反転攻勢であって,現在,この潮流は中南米における左派政権の誕生,世界社会フォーラム等に代表される新たな運動の模索などとなって現れている。
 第三は,イスラム武装抵抗運動に代表される,「反(または非)近代」「反(または非)欧米」的な勢力の台頭であり,より広く言えば,中国やインドを始めとする「非欧米」の「新興国」も,より穏かな形態ではあるが,より強力な力で,世界史の舞台にせりあがりつつある。

 今後の世界は,「反ブッシュ」を共通項としつつ,こうした諸勢力のせめぎあいとして展開するだろう。
 これらの諸勢力は,相互矛盾を抱えており,左翼からみればオバマ流の「リベラル」は所詮資本主義の一形態であるとしてブッシュと同根と見られるだろうし,オバマ的「リベラル」から見れば,「反近代」「反欧米」の勢力は人類の発展段階を逆戻りさせる反動と見られるだろうし,「反近代」「反欧米」勢力から見れば,左翼もリベラルも「近代」「欧米」の枠内に納まる一つ穴の狢と見えるだろう。

 しかし,こうした諸勢力間でのせめぎあい,軋轢を生じながらも,時代潮流は一歩づつ,「脱ブッシュ」を果たしてゆくだろう。また,そうさせなければならない。

 こうした時代の流れの変化の中で,21世紀に入って,世界でも稀なほどにブッシュ政権と一体化してしまった日本は,今後,時代に再適応するために,少なからぬ内外でのきしみを経験させられることになろう。
 そして,その対応の巧拙如何で,今後20〜30年間におけるこの国の盛衰が条件づけられるだろう。