小泉外交の悲惨(2)


 雑誌「SIGHT」VOL.28(ロッキング・オン・ジャパン7月増刊号)は,「小泉靖国参拝で日本は何を失ったか」と題する特集を組んだ。その中で,田中秀征×藤原帰一の対談「小泉外交5年間の喪失を検証する」と加藤紘一のインタビュー「どうしても参拝反対は譲れない」は,小泉首相靖国参拝の内情を明らかにしている。田中秀征氏と加藤紘一氏は,いずれも小泉氏と極めて近い関係にあった人達であり,そこで述べられていることにはかなり高い信憑性を置くことができるだろう。
 以下にその内容を引用しよう。


1.田中秀征×藤原帰一「小泉外交5年間の喪失を検証する」より

田中「(小泉首相靖国参拝は)総裁選の流れの中で決まったように思う。」
藤原「遺族会は固いですもんね」
田中「うん。自民党の支持母体として20万を超す党員数を誇る3本柱はいわゆる建設関連業界,それから特定郵便局関連,軍恩・遺族会。で,これに対して非常に苦々しい思いをしていたんだ。だって小泉さんは,流動的な新住民を基盤にした史上初めての首相なんだよ。従って,浮動票が主で固定票がプラスαだったんだ。それで,遺族会に行って,靖国参拝しますと言ってしまったんだね。その後,建設や郵政に対しても戦った。その挑戦をするのに,3つを相手にするよりひとつ減らそうかっていうところもあったんじゃないかと。それ以前に熱心に靖国に行ってたという話を聞いたことがないから」

田中「・・それともうひとつは,彼は靖国参拝が党内で権力闘争に使われていると認識した。僕,心配したんだけど。彼は普通の権力闘争には気乗りしないけど,政策論争が権力闘争に転化した場合には徹底的に戦うと,昔から言ってるの。それで新しい追悼施設を作るって,与野党で会合が開かれたという事実を耳にして小泉さんは『これは反小泉の権力闘争だ』と認識を持ったんだと思うよ」
藤原「新施設というのは,自分に対する権力闘争であると」
田中「うん。で,去年の12月頃,新人議員の懇談会で本当の権力闘争になるという言葉を吐いてる。こうなると,性格的に一歩も譲らない」
―それにしても,小泉さんの中では損得勘定として,靖国神社に行くのが得だっていう判断があったんですかね。
田中「折から党内にそういう運動が起きてきたからね。それに,関心事としては,靖国は面倒な話ではあるけど大きくなかったんだよ。争点の8割は郵政だったから。だから参拝による影響を過小評価したというか,考えなかった。そこから始まっているんだ」


2.加藤紘一「どうしても参拝反対はゆずれない」より

加藤「2001年の8月11日でしたか,山崎拓さんが『総理が靖国問題で会いたがっている』と言うんだけど,私は,小泉さんが総理大臣としてどう決断するかは当人の問題だと考えていた。すると小泉さんから電話があって『ぜひ来てほしい。うな重定食を取っておくから』と(笑)。それならばと出向いて3時間近く話をしだんです。そりゃあ靖国参拝は大きな問題になるし,やめたほうがいいと言いましたよ。僕の考えは基本的に,あの戦争をこっちが間違えた戦争と思うか思わないかの一点なんで,それで,中国は20年以上も前から,ひと握りのA級戦犯の責任を強く日本で認識してもらえば,あとはみんな被害者だからという考えなんです。その辺も含めて話したんですが,小泉さんは,『国のために殉じた人に追悼の誠を捧げに行くのがなぜ悪いんだろう』と,ここから動かなくて。だから堂々めぐりでした。私は,中国の対日関係者から,(終戦記念日の)8月15日を外せば抗議はあるにしてもそんなに強くはならないかなという感触を受けていたので,少なくとも15日は外すべきだとも言いました。返事はありませんでしたが,首相の参拝は13日になっていましたね。
 小泉さんは,羽田さんや平沼さんたちの参拝グループ(「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」)に同調するような人ではない。遺族会の約束もあるから1回はどうしても靖国参拝をするだろうけど,中国の感情を配慮する形でやればうまくいくかな。橋本さんも中曽根さんも参拝後の変化次第でカバーできたし・・・程度に考えていました。作っておいてなんだけど,あの政権が5年続くなんて誰も思ってなかったから」

―ええ。就任当初は,いわゆるネオ・ナショナリストとしての小泉純一郎ではなかったと思うんです。それがなぜ,あそこまで靖国参拝に執拗にこだわり続けることになったのでしょうか。
加藤「それは,意見やスタンスを変えないことが非常にウケるという小泉政治全体の基本構造ゆえ,硬化するしかなかったんだと思います。敵がいて,抵抗勢力がいて,それに向かって一歩も妥協しないのが小泉政治のスタイルだから。郵政も道路も,党内運営でも,閣僚を派閥から選ばないってことにしても,全部その手法です。国内はそれでいいけど,対外問題で一歩も譲らないというのを政治運営の中核に置いたら,必ずこれは揉めますよ。だから,思想より政治手法の問題だったんですね」

―なるほど。それにしてもYKKというひとつの輪があり,加藤さんも山崎さんも明らかに靖国参拝に反対しています。そこでなぜ説得がうまくいかないのでしょう。
加藤「うーん,小泉さんは第一直感を大事にする人でね(笑)。いろいろ考えたり,勉強しているとメッセージが弱くなる,と。特に役人の説明なんか聞いてると,わけがわからなくなるから,第一直感でズバッと斬り込んでいくのがいい政治だという考え方です。これは一つの手法ですが,1億2千万人の生活と,その国の将来を懸けた外交を,ひとりの直感に任せるのは危ないです」

加藤「靖国参拝については,外務省の人間も一生懸命助言したはずですが,小泉さん周辺には,『チャイナスクールというのは,媚を売っている人たちである』という思いが頑なにある。どうも,外交評論家の岡崎久彦さんの影響が強すぎるんじゃないかな。アメリカとの関係さえよければ,日中と日韓はどうにでも打開できるっていうのは,岡崎テーゼです。」

(以上,引用終わり)


 田中氏も加藤氏も,紳士的に言葉を選んで話しているが,語られている内容は悲惨の一語に尽きるものである。「いろいろ考えたり,勉強し」たりすると「わけがわからなくなる」から,「第一直感」に頼って,「参拝による影響を過小評価したというか,考え」ずに参拝し,反対されれば自分に対する「権力闘争」だと受け止めて,「性格的に一歩も譲らず」「徹底的に戦う」ことを繰り返した挙句,今やこの国の外交は破滅的な事態に立ち至っている。

 こうした田中氏や加藤氏の話は,他の人の証言とも内容的に符合している。

 2006年5月12日付毎日新聞朝刊は,政治部伊藤智永記者による「小泉改革とは何だったのか」という記事を掲載した。その中で,伊藤記者は,小泉氏が自民党総裁に選出されることが確実になった前夜,山崎拓前副総裁から聞いた小泉評を披露している。このとき山崎氏はこう言ったのだという。
「いいか,君たちびっくりするぞ。30年も国会議員をやっているのに,彼は政策のことをほとんど知らん。驚くべき無知ですよ」 http://www.asyura2.com/0601/senkyo21/msg/850.html

 もし,小泉首相のような人物が身近にいたら,たとえば,会社や取引先でこのような人物と出会ったら,人はこの人物をどう評価するであろうか。好意的にみてもchildishと評価されるか,もっと厳しい場合には「奇人・変人」(つまり,まともに話の通じない人)呼ばわりされるであろう。前任の森首相が立ち往生して自民党政権が崩壊の瀬戸際に立たされるまで,小泉首相が総裁選で選ばれなかった所以である。

 そろそろ,いい加減いくらなんでも,「王様は裸である」と声を上げるときではないだろうか。